エッジコネクション

コンサルタントコラム

2018/12/14
ポピュリズムと外国人労働者受け入れと働き方改革と

ひと学年100人で学力が全く同じ高校が3校あるとします。

その3校がこの度統合されました。

 

統合されて初めての1学期中間テスト。

今までは100人の中で順位が付けられていましたが、今度は300人の中で順位が付けられます。

 

各高校には成績トップがいるわけですが、このトップ3人が新しい高校のトップを争います。

次に、ナンバー2の成績優秀者も各校にいて、その3人も争うわけですが、トップ3人が争った後ですから、3校のナンバー2争いを制した人は、どんなに良くても新しい高校での順位は4位です。

この流れは順に続き、そうすると、今まで最下位の100位だった人は、新しい高校では300位の争いになります。

事前予告なしに通ってた学校が統合され、今までトップ10の成績だと思ってたのが、急にトップ30に入るのがギリギリになる。

このストレスは相当大きいと思います。生徒からものすごい不満が出るでしょう。

 

”急に起こった学校統合”

 

ポピュリズムの正体を私はこのように考えています。

 

移民が増え、通信環境が整い、テレワークなどで海外の人材も活用できるようになった昨今、この流れは避けられないでしょう。

また、成績上位層は再び同じ順位に返り咲くべく必死に勉強します。

つまり、エリート層にとってはこの学校統合はカンフル剤となり、成長要因にもなりますから、必死にストップをかけなければいけないことかというと、そうでもないとも言えます。

 

そして、日本でも着々と外国人労働者の受け入れの土壌が整い、学校統合の気配が漂ってきています。

順位が下がること、つまり一定数の仕事が彼らに取られてしまうことはもはや避けられないでしょう。

しかし、日本社会全体として労働者が減ってきている事による対策ですから、どこかに仕事は有るはずです。

つまり、順位が下がってしまったら別の高校に入り直して上位を目指す、そういう姿勢が求められる社会になると思うのです。

学び直しや仕事を得るために必死に頑張るのが当たり前の時代です。

 

そう考えたとき、なんとなく政府の施策はちぐはぐなような気がしています。

働き方改革は良いことです。

弊社も20時以降の残業は禁止とし、全従業員の勤務時間も日々記録していますが、一日平均8時間台で推移しています(ある程度残業もありますが、時短社員や有給休暇取得者もいるので平均するとこうなります)。

 

しかし、日本全体として、働き方改革=働くことが悪 というところまでいってはないか。それが気がかりです。

 

働き方改革のもと、働くということに関してネガティブなイメージを持つ日本人が量産され、足腰が弱りきったところに、日本で働きたいと必死に勉強した外国人労働者がどっと流入して日本人の仕事を奪われる。そして、日本でもポピュリズムが台頭し、社会が混乱していく。

そんなしゃれにならないことが起こるんじゃないかと、半ば本気で思っています。

 

働き方改革など、政府がどれだけ方針を掲げても、企業が優秀な人材を雇用したいという原理原則は大昔から変わりません。

また、努力なきところに成長なく、成長なきところに大きな付加価値の創出もありません。

その時々の時流に流されず、働くということや仕事をもらうということの本質を見定める姿勢を持ち続けなければいけない時代だなと思います。

少なくとも、私の目が届く当社のメンバーにはしっかり伝えていかなきゃなと思う今日このごろです。

つぶやき / 大村 康雄
2017/06/19
ニュアンスって厄介。非常に難しい。

ニュアンスとは・・・

 

デジタル大辞泉によると

1.言葉などの微妙な意味合い。また、言外に表された話し手の意図。「発言のニュアンスを汲む」

2.色彩・音色などの微妙な差異。「細かいグラデーションでニュアンスを出す」

 

だそうです。

2に関しては、絵を描く時の話ですが、厄介なのは1の「言外に表された話し手の意図」。

これですね。

 

最近、マスコミで内部告発についてよく取り沙汰されてます。

多くの論調は、内部告発を禁止、弾圧しようとする上層部への批判です。

つまり、「内部告発は批判すべきではない。どんどんすべきである。」と思わされる論調です。

 

しかし、内部告発とはそもそも組織全体や上層部の法令違反を外部の人間に知ってもらう行為です。

つまり、法令違反が起こっているかどうかがポイントなのです。

 

正しいニュアンス:内部告発は批判すべきではない。どんどんすべきである。(法令違反は許すべきではないのだ。)

誤って広がってそうなニュアンス:内部告発は批判すべきではない。どんどんすべきである。(上司には批判的な姿勢で臨まないと組織は良くならないのだ。)

 

誤ったニュアンスが広がると怖いなと、率直に思います。

 

色んな組織を見てますが、

 

・組織全体もしくはチームが評価されている(売上や利益が上がっている。上層部からのチームへの評価が高い。など)。

・法令違反が行われていない。

 

この2点が担保されている状況において、一人のメンバーがその組織やチームのリーダーに歯向かっても100%返り討ちにあります。

なぜなら、そのメンバーにリーダーに歯向かう大義名分が無いからです。

チームが評価されてて法令違反が行われていなければ、その組織はきちんと運営されているということです。

それに歯向かいたいという気持ちが生まれるというのは、組織を良くしたいということよりも個人的な事情(妬み、嫉み、恨みなどなど)によるものなのではないでしょうか。

そんな個人的な事情に周囲は付いてきませんし、そもそも評価されているチームなのですからそれを壊そうとする人は敵対視されます。

それが、現実ですが、昨今の風潮で誤った認識が広がると怖いなと思います。

 

そして、厄介というか世の中って怖いなと思うのは、そのような誤ったニュアンスで解釈されかねないことを広めている人たちは、きちんと正しいニュアンスをわかっているということです。

内部告発について報道しているマスコミ各社の人たちの多くは、内部告発とはあくまで法令違反を外に向けて告知することであり、むやみやたらに上司に歯向かうことではないとわかっているはずです。

でも、報道などではそんなこときちんと説明はしてくれません。

 

 

先日、堀江貴文さんの多動力という本を読みました。

なかなか過激なアドバイスが並び、ここでも誤ったニュアンスで解釈されかねないなと思うことが書かれていました。

世間的にも彼は破天荒なイメージがあると思うのですが、本の中で印象的だったのは、堀江さんは原稿などの締め切りを一度も破ったことがないということです。獄中からのメルマガの配信も一度も遅らせたことが無いそうです。

つまり、破天荒なイメージがありつつ、仕事では周囲に迷惑を掛けていないわけです。あくまで仮に、ですが、どんなに感じ悪いと思われたり印象が良くなかったとしても、期限をしっかり守ってさえくれれば周囲は一緒に円滑に仕事が出来ます。

色々書かれていた過激なアドバイスは、あくまでやるべきことをきちんとやるという気概を持てばこそ成り立つ。それが正しく読み取るべきニュアンスだと思うのですが、表面上の過激なアドバイスだけを読み取ってしまった人は結局痛い目見るんだろうなと思いました。

ここでも、誤ったニュアンスとして解釈されかねないことを広める人は、正しいニュアンスの解釈の仕方を熟知しているわけです。

 

 

このように、正しいニュアンスを知りながら別のニュアンスの解釈の仕方にスポットライトを当てることは世間からの注目を浴びやすいようです。

そして、そのスポットライトが当たっている部分を鵜呑みにしてしまうと、誤った方向にナビゲートされてしまう可能性も高いようです。

なんとなくそのような情報を見ていると、権威ある人や有名な人が、頑張らなくていいんだよー、突き抜けちゃって良いんだよーみたいな感じで発信している情報は大体裏がありますね。

発信している人たちはきちんと基礎が出来ているからそういうことを発信できる、ただそれだけだったりすることが多い気がします(人は誰でも育つ!と社長が言っている会社が厳格に入社試験してたり、美肌対策は何もしてませんよというモデルさんがいやいや普通の人そこまでしないからというスキンケアしてたり、こういう例は多いですよね)。

 

このご時世、スマホを通じて色んな情報が入ってきます。

情報は、きちんと自分の頭でしっかり考えてから取り込むようにしないと大変なことになる世の中になったなぁと、つくづく立て続けに感じたので書きました。

つぶやき / 大村 康雄
2017/02/08
我が子を立派な子に!と思えば思うほど逆効果かもという話

我が子が立派な子になって欲しい。

子供を持つ親は誰しも思うことだと思います。
そして、その気持ちが強ければ強いほど、立派な子になってほしいが故に、子供の生活態度など、目についたこと気になったことをいちいち指摘しまいます。
「こら!テレビばかり見てないでご飯食べなさい!」
「箸の持ち方がおかしいよ!」
「背筋をぴんと伸ばして!」
などなど、どれも立派になるためには確かに必要なことだと思います。
ですが、これが行き過ぎるとどうなるか。
我が子が徒競走に出たとします。
ゴールテープをしっかり見つめ、全力疾走でそこに向かって駆け抜ける。
これが、一番スピードが出る走り方だと思います。
ですが、日頃からいつも親にガミガミ指摘されていると、徒競走で走りながらも親の顔色が気になります。
走り方が変だと思われてないかな?
今3位だけど、嬉しそうかな?怒ってるかな?
そんな感じでゴールテープではなく親の顔を見ながら走るので当然、スピードが出ず、順位も良くありません。
つまり、その場その場でやるべきことよりも、親の顔が頭に浮かんでしまい、やるべきことをやる意識よりもいかに怒られないかという意識で物事を判断し、行動しがちになってしまうのです。
そして、当然ながら結果が奮わないのでまた怒られて、更に顔色が気になる。
まさに悪循環です。
そして、このまま大人になってしまうと、どういうビジネスマンになるのか。
こういう人、職場で見たことありませんか?
・わかりました。といって仕事に戻ったのに、わかっておらず、また同じミスを繰り返す。
・上司の話を必死にメモを取っているが、その中身が支離滅裂で本人の頭にもきちんと入ってない。
こういうスタッフの思考回路は、叱られた、指導されたことをミス無くやろうということより、目の前の上司から怒られないように、嫌われないようにするにはどう立ち回れば良いかということが判断基準の先に来てしまっているのです。
だから、わかってないのにわかりましたと言うし、メモを取れるだけ頭で理解できていないのにメモを取って熱心に話を聞いているフリをする。
つまり、ゴールテープではなく親の顔を見ている状態です。
そして悲しいことに、怒られないよう、叱られないようと思うあまり、逆に、仕事にて抑えるポイントが抜けるのでまたミスを繰り返し、更に叱られるということを繰り返してしまうのです。
親の顔を見すぎて、スピードが遅くなるどころかコースアウトしていることにも気づかないといっても過言ではない状況です。
これは生まれ育った環境から来る思考パターンですから、本人たちもなかなかこの状況から抜け出せない。抜け出し方がわからない。
場合によっては、すべてが無意識で行われているので、世の中そんなもの、自分はいつも叱られるもの、なんて悲しい方向で達観してしまっている人もいるのが実状です。
私は別に教育心理学者ではないのですが、10年の起業経験で20歳少しの若手ビジネスマンをたくさん見てきました。
また、彼らを見ながら家庭環境とうつの関係性などを自分でも学習するにつれて見えてきた傾向がこれでした。
では、どうすれば良いのか。
子供に対しては、
・ビクッとさせるような叱り方をしない。
・そんなこと別によくない?と子供が思いそうなことは指摘しない(指摘した場合は、別によくない?じゃなかったんだ。大事なことだったんだ。と思わせる)。
ということが重要だと思います。
突然、コラ!と言われることが多いと、常に子供は自分の一挙手一投足で親の顔色を伺うことに鳴ります。
また、事細かくいろいろと指摘されるのも同様です。
この辺りのさじ加減がうちの妻はいつもうまいなと思うのですが、必ず質問から指導に入ります。
「今はご飯の時間だけど、テレビばかり見てご飯食べないのは良いことと悪いこと、どちらかな?」
「同じことを自分が友達からされたらどう思う?嫌?自分がされて嫌なことを他の人にしても良いんだっけ?」
そんな感じで、いきなり、コラ!とかダメ!でビクッとさせるのではなく、普通の会話のように話しかけ、会話の流れで考えさせ、親が怖いからきちんとするのではなく、自分の考えとしてきちんとするように持っていくわけです。
親が怖いからという外発的動機付けのお利口さんではなく、自分の意思・考えという内発的動機付けのお利口さんになろうとさせるということです。
そうすれば、同じようなシチュエーションになった際、親の顔色ではなく、自分の意志で自発的にゴールテープを見るようになっていきます(今のところ、です。長い子育て、今後もまだまだ気を抜けませんが)。
次に、社会人に対して。
子供と違って厄介なのは、もう既に親、上司の顔色を無意識に見てしまう癖が染み付いているので、子供のようにはなかなかいきません。
よって、取るべき施策は、徒競走の距離を極限まで短くしてあげることです。
距離が長いから親の顔色が気になるわけです。
気にしてる間もないくらい短い距離であれば全力疾走するしか無いわけです。
つまり、仕事に置き換えると、平易な仕事、タスクに置き換えてあげ、これなら余裕でしょ。と常々思えるようにし、上司の顔色を見なくて良いようにするのです。
一定期間それを続けると、タスクをクリアするのが当たり前になり、小さいながらも勝ち癖が付いて来ます。
そうすると、少しずつ上司ではなく、ゴールテープを見るようになっていきます。
そしたら、少しずつタスクを引き上げ、最初からゴールテープが見れるメンバーに揃えていきます。
共働き世帯が増え、両親が子供に向き合う時間は社会全体としてどんどん減ってしまっているのが実状です。
ですが、てっとり早く叱ろうとすればするほど、将来の子供の生き方、働き方に良くない影響が出てしまう可能性があるんだと思います。
また、そういう家庭が増えているということは、働きにくい考え方をする社会人も残念ながら今後増えていくのでしょう。
子供も、社員も、どれだけ愛情と時間、手間を掛けて育ててあげられるか。
それが社会全体としてどんどん求められている気がします。
つぶやき / 大村 康雄
2016/08/22
”コミュニケーションスキル”がなんか違う

コミュニケーションスキルがビジネスマンにとって必要だと、よく言われます。

当然、私もそう思うのですが、一般的に必要だと言われているコミュニケーションスキルと私の考えるコミュニケーションスキルがなんとなく違う気がするので書き始めました。

コミュニケーションスキルというと、周囲の人と良い人間関係を築いていくスキルと捉えてあまり見解の相違は出ないと思います。

そうすると、コミュニケーションスキルが高い人とは、いつもにこにこしていて話してると感じ良くて一緒にいて居心地の良い人という人物像が連想されます。

しかし、場合によっては、あまり親しくしたくない人もいるでしょうし、距離を近づけすぎて舐められると後々面倒だという人も居るでしょうし、場合によっては自分が怖い人だと思わせないといけない人もいるでしょう。

つまり、一般的なコミュニケーションスキルが高い人の人物像では、実社会では上手くいかないと私は考えています。

360度周囲の人達にとって、ナイスな自分を貫き通す。

無理ですよ。

ナイスと思われると厄介な人も社会にはいるのも事実だし。

何より疲れる。

私の考えるコミュニケーションスキルが高い人とは、周囲の人との人間関係を自分が望むあり方に持っていける人です。

つまり・・・

尊敬してる人には、きちんと尊敬していると伝えて、自分は尊敬されてるんだと感じてもらう。

逆に、尊敬されたい人には、尊敬されるような立ち居振る舞いをして、立派な上司、先輩として尊敬される。

あまり親しくすると厄介だなと思う人には、一緒にいてもつまらないとか、極論、嫌な人だと思ってもらう。

なんでも自分に話してほしいなと思う人には、自分から先に心を開いて、この人は信頼できると思ってもらう。

と、例えはいくらでもありますが、こんな感じで、相手にいて欲しい場所に相手にいてもらうスキルがコミュニケーションスキルだと思うのです。

ただ、当然、少ないコミュニケーションの回数でそのように自分の願う場所に相手にいてもらうのは至難の業です。

一回話をしただけで、尊敬されるとか、好かれるとか(嫌われるのは簡単かもですが)。

場合によっては、コミュニケーションミスをして違った場所にナビゲートしてしまうこともあります。

それに懲りずに、何度もコミュニケーションを取り、きちんと自分のいて欲しい場所にいてもらう。

場合によっては、最初は嫌だなと思ってた人が尊敬する人に変わるかもしれません。

逆もしかり。

引きこもり状態だった人が、いろんな人とコミュニケーションを取りたいと思うこともあるでしょう。

つまり、周囲の方々にいて欲しい場所は、自分の価値観の変化に応じてどんどん変わるのです。

そのたびにコミュニケーションを取って調整していく必要があります。

言うならば、コミュニケーションスキルとは、コミュニケーションを取り続けるスキル、メンタルと言い換えても良いかもしれません。

そっちのコミュニケーションスキルの方が面倒くさいと思うかもしれないですが、私は仮面をかぶり続けるように生きるコミュニケーションスキルを求めるほうが息苦しいと感じます。

ちょっと立て続けに、うちのメンバーが無理に良い人になろうとしているシーンがあったので、彼らに話したことを書きました。

つぶやき / 大村 康雄

新着記事

2018/12/14
ポピュリズムと外国人労働者受け入れと働き方改革と
2018/12/10
大村の母校、宮崎県立延岡高校の生徒さんがご来社されました!
2018/10/18
宮崎県延岡市に事業所を開きませんか?
2018/10/11
インサイドセールスがうまくいかない5つの理由
2018/09/16
ターゲット数を意識して、商品・サービス開発してますか?

カテゴリー

アーカイブ